見知らぬお店
私が仕事で その街を訪れたのは
とある暑い夏の日のことだった
まとわりつく 熱気もさることながら
何よりも私の心を ささくれさせたのは
昼に入った駅前の中華屋だ
蒸し暑い店内
生ぬるい冷やし中華の麺は
みごとにのびきっていた
しかし 頼んだものを残すのは 私のプライドが許さない
が
胃はまだもたれている
リフレッシュせねば
見知らぬ街で 見知らぬ店に入るのは
当たりハズレが大きい
生き返る
いらっしゃいませ お好きな席へどうぞ
あれは…
シロクマさんです
そ それはわかります
店長なんです
シロクマが 店長なんですか
ええ しろくまカフェですから
そ そうですか
いらっしゃいませ
お決まりの頃 おうかがいします
あ… はい
チャックなどは見つからない
やはり着ぐるみではなく本物
この街は 動物が多いと聞いていたが
こうして 働く動物を見たのは初めてだ
大きい あんな手で 料理をするのだろうか
カフェなのに輪切り ありえない
でも そんな想像しかできない
ムダがなく しかも美しい動き
疑ってすまない
さぁ もはや偏見は捨てて 注文するぞ
メニューが動物用だなんてことは…
あ~ さすがに普通か
これは 竹…
いや待て もしかすると 竹をモチーフにしたスイーツかもしれん
しかし 正真正銘の 竹であることも否定できない
お決まりですか?
あ えっと… アイスコーヒー
アイスコーヒーを おひとつでよろしいですか
はい いえ…
竹を
竹ですか?
はい
大盛りもできますが
じゃ それで
はい
注文してしまった しかも大盛り
この選択 吉と出るか 凶と出るか
お待たせしました
やっぱ凶か!
あ いや待て 今まで 食べる機会がなかっただけで
案外おいしいのかもしれない
そうだ きっとそうだ
竹の香りが だんだんと青臭さに変わり
噛み切れない筋とともに 口の中に広がってくる
やっぱ ただの竹だ
どうする こっそり出しちゃおうか
しかし 一度口に入れたものを 出すなど 言語道断
う~ だが意識が飲み込めと 命令しても体が拒否する
水 水だ…
うわ~ しまった!
さっき全部飲み干してしまった
もはや限界…
アイスコーヒーです
天の助け
戦いはまだ始まったばかり
こんにちは
パンダ!
よいしょ
パンダだ
子供の頃 動物園に行ったときは
人の頭しか見えなかったパンダが
今まさにこんな近くに
しかし至近距離過ぎて 見るのが気まずい
どうしたものか
そうだ まわりを見るふりして
えっと… お手洗いはどっちかな
見られてる パンダにメッチャ見られてる
食べないの?
えっ いっ?!
もらってあげてもいいよ
このチャンスを逃してはならぬ
よ… よかったら どうぞ
ありがとう
ピンチ脱出!
なんだか すみませんね
ああ いえいえ
よろしかったら どうぞ サービスです
ふ… 振り出しに戻った…
いらっしゃい
こんにちは
今度は ペンギン!?
かわいい…
そのイスに座るつもりか?
よじ登るのか? 跳ぶのか? 誰かにのせてもらうのか?
コーヒー おかわり いかがです?
ありがとうございます
クソ! 見そこねた!
今日は暑いね
ホント 仕事場にもクーラー欲しいよ
それは カーラー
それは セーラー
それは ディーラー
それは… 何だっけ?
何とかラー?
ラー… ラー…
マーラー? トレーラー?
ハスラーだ!
ハスラー!
何だっけ?
教えてよ
ひ み つ
言いたい… 言ってしまいたい…
しかし いきなり 会話に入り込むなど…
ああ レスラー
惜しい!
じゃあ ブロイラー!
遠ざかった…
もう我慢できない どう思われても 私は言う!!
ハス…
いらっしゃい
これまた 動物園のアイドル コアラ!
根強い人気のラッコ
マンドリル 色 鮮やか!
ラクダ?
ロバ… じゃない え~
タ… タマ… いや そんな感じの…
ああ 思い出せない… クソ!
いらっしゃい ラマさん
そうだ! ラマだ
ああ… すっきりした
そういえば この前の 半田さん おもしろかったよね
気がついたら 私以外 周りは みんな動物
しかも みんな 常連風だ
なんか 居づらい…
せ… 席が いっぱいだよ
テーブル席は空いてるよ
あ… あの… よかったら どうぞ
もう帰りますので
もう帰っちゃうの? ゆっくりしていけばいいのに
いつの間に仲よくなったの?
ネクタイさんとは 竹をもらった仲だよ
ね?
はい
ありがとうございました
ごちそうさま
あの…
は… はい?
お持ち帰りできますので どうぞ
あ… ありがとうございます…
さて… あと ひと仕事 頑張るか
そうして 私は日暮れまで働き
この街で夜を迎えた
一杯 やるか
おう そこは空いてるぜ 座んな
いや… その…
座れって 遠慮すんな
見知らぬ店に入るのは
当たりはずれが とても大きい